結論
データ通信には「一方向ずつしか送れない半二重」と「同時に双方向で送れる全二重」があります。バス型ネットワークやリピータハブでは衝突が起きるため半二重しか使えませんでしたが、スイッチングハブは衝突ドメイン(衝突が起きる範囲)をポートごとに分けることで、全二重を実現しています。
はじめに
前回までのおさらい
これまでの連載で、ケーブル共有方式(バス型)の3つの弱点と、それぞれの解決策を学んできました。
- 弱点①「データが衝突する」 → CSMA/CD で解決
- 弱点②「全員にデータが届く」 → スイッチングハブ+MACアドレス で解決
- 弱点③「障害で全体ダウンする」 → スター型配線 で解決
今回のテーマ
「スイッチングハブにしたら、なぜもっと速くなるのか?」
実は、スイッチングハブの恩恵はデータを宛先だけに届けることだけではありません。通信の方向の使い方そのものが変わるという、もう一段深い話があります。その答えが、半二重・全二重・衝突ドメインという3つのキーワードです。
本題
まず「二重」って何? ― Duplex の意味から
「半二重」「全二重」という言葉、なんだか難しそうですね。まず英語の元の言葉から分解してみましょう。
両方に共通しているのが Duplex(デュープレックス) です。
- Du-(デュー):「2つの・双方向の」という意味の接頭語です。「デュエット(2人の歌)」「デュオ(2人組)」と同じ語源です。
- -plex(プレックス):「〜方向に」という意味です。
つまり Duplex とは「双方向(2方向)の通信」を意味します。そこに「半分」と「全部」がつくわけです。
半二重(Half-Duplex)とは
- Half(ハーフ):「半分」。「ハーフサイズ」「ハーフタイム」と同じ使い方です。
- Duplex(デュープレックス):双方向の通信(上で説明しましたね)。
半二重(Half-Duplex) とは、「一度に1方向にしか通信できない」方式です。
一番わかりやすいたとえは**トランシーバー(無線機)**です。
登山中に無線機で話すとき、「山頂より、こちら麓。聞こえますか? どうぞ。」と言って、送信ボタンを離します。相手が話し終わったら「どうぞ」と言って、こちらが話す番になります。
送るときは受信できない。受信するときは送れない。必ず交互にしか使えないのが半二重です。
バス型ネットワークは、まさにこの状態でした。1本のケーブルを全員で共有しているため、誰かが送っている間は他の全員が待たなければなりません。
全二重(Full-Duplex)とは
- Full(フル):「全部・完全」。「フルマラソン(全長)」「フルタイム(全時間)」と同じです。
- Duplex(デュープレックス):双方向の通信。
全二重(Full-Duplex) とは、「同時に双方向で通信できる」方式です。
こちらのたとえは普通の電話です。
電話で話すとき、自分が話しながら相手の相槌も聞こえますよね。「そうなんですよ」と言いながら、相手の「へ〜!」という声も同時に届く。
送りながら受信もできる。これが全二重です。トランシーバーと違って「どうぞ」は必要ありません。
現代のスイッチングハブを使ったネットワークでは、この全二重が当たり前になっています。
なぜバス型は全二重にできなかったのか
「最初から全二重にすればよかったのでは?」と思いませんか?
それができなかった理由が、衝突です。
バス型では1本のケーブルを全員で共有しています。もし全二重で、みんなが好き勝手に送受信を同時に行ったら、電気信号はひっきりなしにぶつかりあってしまいます。
「全員が同じ道路を、好きな方向に、同時に走る」状態です。事故だらけになるのは目に見えています。
だから「一度に1方向ずつ」という半二重のルールで、なんとか秩序を保つしかなかったのです。
「衝突ドメイン」とは何か
ここで新しいキーワード、衝突ドメイン が登場します。
- Collision(コリジョン):「衝突」。CSMA/CDの回で登場しましたね。
- Domain(ドメイン):「領域・範囲・エリア」という意味です。「ウェブサイトのドメイン」でもおなじみですが、ここでは「範囲・エリア」という意味で使われています。
つまり 衝突ドメイン(Collision Domain) とは、「データの衝突が起きる可能性がある範囲」のことです。
バス型は「衝突ドメインが1つだけ」
バス型ネットワークでは、全員が1本のケーブルにつながっています。
この場合、ネットワーク全体がたった1つの衝突ドメインです。
[PC-A]──[PC-B]──[PC-C]──[PC-D]
|_________________________________|
衝突ドメイン(全体が1つ)
PC-AとPC-Dが同時に送れば、ケーブルのどこかでぶつかります。PC-B・PC-Cも同じ範囲にいるので影響を受けます。全員が同じ「衝突のリスク」を共有しているのです。
コンピュータの台数が増えるほど衝突が増え、待ち時間が長くなり、ネットワーク全体が遅くなります。
ちょっと待って!「ハブ」はどうなの?
「スイッチングハブじゃなくて、ただのハブを使った場合はどうなるの?」と思った方、鋭いです!
「ハブ」には2種類あります。
- リピータハブ(単に「ハブ」と呼ばれることも多い)
- スイッチングハブ(「スイッチ」とも呼ばれる)
見た目はよく似ていますが、中身はまったく違います。
リピータハブ は、届いた信号を「とにかく全ポートに流すだけ」の機器です。MACアドレスも見ませんし、宛先も考えません。
- Repeater(リピーター):「繰り返す・中継する」という意味です。スポーツの「リピート」と同じ語源で、「そのまま繰り返して伝える」というイメージです。
たとえるなら**拡声器(メガホン)**です。話した内容を、方向も相手も関係なく周囲全員に聞こえるよう流すだけ。
このしくみでは、衝突ドメインはどうなるでしょう?
バス型と同じく、全体が1つの衝突ドメインのままです。
ハブにつながるPCが増えるほど衝突は増え、半二重のままで、CSMA/CDも引き続き必要です。見た目はスター型の配線になっていても、衝突ドメインの観点ではバス型と変わらないのです。
スイッチングハブが衝突ドメインを「切り分ける」
スイッチングハブに変えると、何が変わるのでしょう?
スイッチングハブの各ポートは、それぞれ独立した衝突ドメインになります。
[PC-A]─┐
│
[PC-B]─[スイッチングハブ]─[PC-C]
│
[PC-D]
↓ 衝突ドメインは…
[PC-A]だけ | [PC-B]だけ | [PC-C]だけ | [PC-D]だけ
PC-AとスイッチングハブのポートAは1対1でつながっています。そのケーブルを使うのはPC-Aだけです。PC-Aが送信するタイミングで、他のPCが割り込んでくることはありません。
衝突が起きる可能性がゼロになれば、「一度に1方向ずつ」というルールは不要になります。つまり、全二重が使えるようになるのです。
3つを並べて比べてみよう
| 比較項目 | バス型 | リピータハブ | スイッチングハブ |
|---|---|---|---|
| 衝突ドメイン | 全体で1つ | 全体で1つ | ポートごとに独立 |
| 通信方式 | 半二重 | 半二重 | 全二重 |
| CSMA/CD | 必要 | 必要 | 不要 |
| データの届け方 | 全員に届く | 全員に届く | 宛先だけに届く |
| PC台数が増えたとき | 遅くなる | 遅くなる | 影響なし |
リピータハブはバス型の問題をほとんど解決できていません。スイッチングハブにして初めて、衝突ドメインが分かれ、全二重が使えるようになります。
スイッチングハブが「宛先だけに届ける」に加えて「衝突ドメインを分けて全二重にする」という2つの役割を担っていたのです。これが、スイッチングハブにすると通信が速くなる本当の理由です。
まとめ
- 半二重(Half-Duplex):一度に1方向しか通信できない(トランシーバーのイメージ)
- 全二重(Full-Duplex):同時に双方向で通信できる(電話のイメージ)
- バス型とリピータハブは衝突ドメインが全体で1つ → 半二重・CSMA/CDが必要
- リピータハブは信号を全ポートにそのまま流すだけで、衝突ドメインはバス型と変わらない
- スイッチングハブはポートごとに衝突ドメインを独立させる → 衝突がなくなり全二重が使えるようになる
次回は、身近な疑問「LANケーブルって種類があるの?どれを選べばいいの?」をテーマに、ケーブルの規格と選び方をわかりやすく解説します!