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【第14回】電気信号とその天敵 ― データはどうやって伝わり、何に邪魔されるのか

前回まで(第12・13回)で、複数のコンピューターが1本のケーブルを共有するときに起きる混乱と、その解決策を学びました。CSMA/CD(送信前に空きを確認し、ぶつかったらランダムに待ち直すルール)、 スイッチングハブ (宛先MACアドレスだけにデータを届ける装置)、 スター型配線 の3つです。

ここで一度、立ち止まって根本的な疑問を考えてみましょう。そもそも、ケーブルの中を「データ」はどんな姿で走っているのでしょうか。LANケーブルはただの銅線の束です。文字や画像がそのまま線の中を流れるわけがありません。

今回は、ネットワークのいちばん底を支える「電気信号」の正体と、その行く手を阻む3つの障害を解き明かします。


データの正体は「0と1」

スマートフォンで送るメッセージも、ダウンロードする動画も、コンピューターの内部ではすべて 「0」と「1」だけが大量に並んだビット列 に変換されています。たとえばアルファベットの「A」は、01000001 という8個の数字として記録されます。

この「0と1」のデジタルデータを、離れた場所にある別のコンピューターまで物理的に届ける手段が、 電気信号(Electrical Signal) です。


電気信号 = 電圧の「高い・低い」

電気信号の正体は、 電圧(Voltage:電気を押し出す力。単位はボルト)の高低を高速で切り替えること です。

電圧の状態 意味するデータ
電圧が高い(電気が強く流れている) 「1」
電圧が低い(電気がほとんど流れていない) 「0」

送信側の機器が「高い!低い!高い!低い!」と電圧を切り替えてケーブルに流し、受信側が「今は高いから1、次は低いから0」と読み取る。データの転送とはつまるところ、電圧を上げ下げするという、それだけの話です。

💡 実際の電圧はどれくらい?

身近な100Vのコンセントや1.5Vの乾電池と比べると、現代のギガビットイーサネットが扱う電圧の変化幅は 1V前後 と非常に小さい値です。また、単純な「高い・低い」の2値ではなく、複数の電圧レベルを組み合わせたり、プラスとマイナスを交互に反転させたりする高度な符号化方式が実際には使われています。「高い=1、低い=0」は、まず最初に持つべき基本イメージとして覚えておいてください。

この切り替え速度は、想像を絶するレベルです。ギガビット(1Gbps)対応のネットワークでは、 1秒間に10億回 もの切り替えが行われています。大容量のファイルが数秒でダウンロードできる理由は、まさにここにあります。

直感で理解する:モールス信号と同じしくみ

電気信号を直感で掴むなら、モールス信号との比較が最もわかりやすいです。

モールス信号では、電鍵(ボタン)を短く叩く「点(・)」と、長く押し続ける「線(―)」の2種類だけを組み合わせて言葉を伝えます。遭難信号の「SOS」は「・・・ ――― ・・・」です。送信者がボタンをカチカチ叩き、受信者がその並びを解読することで意味が通じます。

コンピューターがやっていることも、根本的には同じです。「点・線」の代わりに「電圧の高・低」を使い、音の代わりに電気の波をケーブルへ流しているだけ。コンピューターとは、1秒間に何億回ものモールス信号を叩き続け、かつそれを瞬時に読み取ることができる、超人的な機械です。


通信が成り立つための前提条件:プロトコル

電気信号があれば通信できる、というわけでは実はありません。「どのタイミングで1ビット分を区切るのか」「この0と1の並びはどの文字に対応しているのか」を、送受信の双方が まったく同じルールで 理解していなければ、どれだけ正確に電気を流しても、相手には意味のない雑音にしか届きません。

この「通信に関するすべての共通のルール・約束事」のことを、 プロトコル(Protocol) と呼びます。もともとは外交の世界で「外交儀礼・議定書」を意味する言葉で、異なる国の外交官どうしがあらかじめ振る舞いを決めておくイメージが語源です。

メーカーもOSも異なるコンピューターどうしが問題なく通信できるのは、世界共通のプロトコルで「電気信号の解釈の仕方」が厳密に決められているからです。

例えば私たちは電話をかけたとき、いきなり本題を話し始めることはありません。

「もしもし、聞こえますか?」 「今、お時間よろしいですか?」

コンピューターの通信にも、これとよく似た仕組みがあります。通信を始める際には、いきなり本題のデータを送るのではなく、「これからデータを送ります」という合図を先に送ります。この前置きの信号を プリアンブル(Preamble) と呼びます。

イーサネットでは、通信の開始時に「101010…」という規則的なビット列を送ります。受信側はこの信号を受け取ることで通信のタイミングを合わせ、「これから本番のデータが始まる」と認識します。

電気信号という物理的な波と、それを正しく読み解くプロトコルがセットになって初めて、私たちのメッセージ送信やネットサーフィンが成り立っています。プロトコルについては今後の回でじっくり解説します。


電気信号を阻む「3つの障害」

コンピューターの内部から飛び出したデリケートな電気信号は、ケーブルという暗いトンネルを通って相手の元へ向かいます。しかし現実の物理世界には、この信号を容赦なく痛めつける3つの天敵が待ち構えています。


① 減衰(Attenuation)― 距離とともにエネルギーが失われる

減衰(げんすい) とは、電気信号がケーブルを進むにつれて、信号の波が小さく弱くなっていく現象です。英語の Attenuation は「弱まること・減ること」という意味です。

銅線はたしかに電気をよく通しますが、完全にゼロではないわずかな電気抵抗が存在します。長い距離を走るほど、この抵抗がエネルギーを熱へと変え、信号はじわじわと弱まっていきます。

イメージ:広い公園での呼びかけ

3メートル先の友達への声は楽々届きます。ところが200メートル先となると、どれだけ大声を出しても、届く頃には耳をそばだてても聞き取れないかすかなざわめきに変わっています。電気信号が銅線を旅する道のりも、これとまったく同じです。

信号が弱すぎると、受け取った機器は「この電圧の山は1なのか、それとも平らな0なのか」の区別がつかなくなります。区別がつかなければデータを正確に読み取れず、それはそのまま通信エラー(パケットロス)へと直結します。

この減衰への対策として、LANケーブル(UTPケーブル)の最大長は100メートルという国際標準(IEEE 802.3)が定められています。100mを超えて延ばす場合は、途中で信号を増幅する装置(リピーターやスイッチ)を中継させる必要があります。


② 干渉(Interference)― 外部のノイズが信号の形を歪める

干渉(かんしょう) は、外部の電磁波(でんじは)がケーブルに飛び込んできて、正しい電気信号の波形をねじ曲げる現象です。「ノイズ(Noise:雑音)」とも呼ばれます。Interference は「邪魔すること・妨害すること」という意味の英単語です。

金属の線には、外から電磁波が当たると内部に余分な電気が生じるという物理的な性質があります。この余分な電気が本来の信号と混じり合い、データが「化けて」しまいます。

イメージ:工事現場の横での会話

静かな部屋なら小声でも会話は成り立ちます。ところが隣で「ガガガガガ!」とドリルが動き始めると、相手の声と工事の騒音が混ざり合って何も聞き取れなくなります。このドリルの轟音が、電気信号にとってのノイズです。

ノイズによるデータの化け

送信側が「0(低い電圧)」を送った瞬間、外部のノイズが飛び込んで電圧が一瞬だけ跳ね上がったとします。受信側はその高さを見て「1」と判断してしまいます。本当は0なのに。これがデータの化けです。写真のデータが一部壊れて変色したり、ダウンロードしたファイルが開けなくなったりする原因の一つです。

身近なノイズ発生源

  • 蛍光灯・LEDの安定器:天井の照明器具から微弱なノイズが常に発生しています
  • エレベーターや大型モーター:起動・停止の瞬間に大きなノイズが放たれます
  • 隣のLANケーブル:多数のケーブルを束ねて配線すると、隣ケーブルを流れる電気が漏れ出してお互いにノイズになり合います。これをクロストーク(Cross Talk:Cross=交差する、Talk=通話。隣の通話の声が自分の線に漏れ込む現象)、日本語では 漏話(ろうわ) と呼びます

このノイズ問題を克服するために、LANケーブル内の線を「2本ずつ互いにねじり合わせる」構造が採用されています。次回の記事でその原理を詳しく解説します。


③ 衝突(Collision)― 信号どうしがぶつかって互いに壊れる

衝突(しょうとつ) とは、1本のケーブルを複数の機器で共有しているときに、2台以上が同時に電気信号を送り出してしまい、信号の波どうしがケーブルの中で混ざり合って壊れる現象です。英語では Collision(コリジョン):「衝突・激突」という意味です。

イメージ:一本道での正面衝突

1台しか通れない細い路地に、両端から同時に車が走り込んできた場面を想像してください。道の真ん中でドカンとぶつかり、どちらの車も前に進めなくなります。電気信号の衝突も、物理現象としてはこれと同じです。

波形どうしが重なると、電圧が異常な値に跳ね上がったり波形がぐちゃぐちゃに崩れたりします。受信側の機器は0にも1にも解釈できない「ゴミデータ」を受け取ることになり、両方のデータが全滅します。

衝突への対策

この衝突を避けるために考え出されたのが、第12・13回で学んだ CSMA/CD です。「送信前にケーブルが空いているか聞き耳を立て、ぶつかってしまったら検知してランダムな時間待ってから送り直す」という泥臭いルールでした。

現代の有線LANでは、さらに根本的な解決が実現しています。送信専用と受信専用のレーンを物理的に完全分離し、スイッチングハブで交通整理することで、フルデュプレックス(Full Duplex:Full=完全な、Duplex=双方向。送受信を同時に行える全二重通信) が実現しました。レーンが分かれていれば、そもそも正面衝突は起きません。今日の有線LANの世界からは、衝突はほぼ完全に排除されています。

ただし、空気という1本の「道」を全員で共有するWi-Fi(無線LAN)の世界では、今でもこの衝突との戦いが毎日繰り広げられています。


まとめ

今回学んだことを整理します。

  • コンピューターの中の「0と1」は、ケーブルの中では電圧の高低を超高速で切り替える電気信号として伝わる。1Gbpsなら1秒間に10億回の切り替えです
  • 電気の波を流すだけでは通信は成立しない。送受信の双方が共通の解釈ルール(プロトコル)を持って初めて、0と1の並びがデータとして意味を持ちます
  • 電気信号を阻む3つの障害:
    • 減衰(Attenuation):距離が伸びるほど信号が弱まる。UTPケーブルの上限は100メートル
    • 干渉(Interference):外部の電磁波が信号の波形を歪め、データを化けさせる
    • 衝突(Collision):複数の機器が同時に送信すると信号の波がぶつかり合い、データが壊れる

インターネットの画面からはまるで見えない物理層の底で、こんなにデリケートな電気信号が今この瞬間も走り続けています。そして「減衰・干渉・衝突」という3つの障害への挑戦こそが、ネットワーク技術の進化を牽引してきた本当のエンジンです。それぞれの正体が見えた今なら、次回以降に登場するケーブルの構造やネットワーク機器の仕組みが、驚くほどすっきり頭に入ってくるはずです。