通信には「送信と受信を同時にできるかどうか」という違いがあります。同時にできるのが 全二重通信(Full Duplex) 、片方ずつしかできないのが 半二重通信(Half Duplex) です。この違いは通信速度だけでなく、ネットワークの設計思想そのものを大きく変えました。現代の有線LANで信号の衝突が起きなくなったのも、全二重通信の実現があったからです。
はじめに
入門編「CSMA/CD」と入門編「スイッチングハブ」で、「半二重通信」「全二重通信」という言葉が登場しました。しかしそれぞれの仕組みや、なぜ全二重が可能になったのかまでは詳しく触れませんでした。
今回はこの2つの違いを正面から扱います。ケーブルの記事で学んだツイストペアケーブルの構造が、実は全二重通信を実現する鍵になっています。
通信方向による3つの分類
通信は「データが流れる方向」によって3つに分類されます。
| 分類 | 英語 | 説明 |
|---|---|---|
| 単方向通信 | Simplex | 一方向にしか送れない |
| 半二重通信 | Half Duplex | 双方向に送れるが、同時にはできない |
| 全二重通信 | Full Duplex | 双方向に同時に送れる |
| 用語/英単語 | 意味 | イメージ・補足 |
|---|---|---|
| simplex | 単一の・一方向の | simple(単純な)と同じ語源。一方通行の道路のイメージ |
| duplex | 双方向・二重 | du-(2つの)+ plex(重ねる)。双方向に通信できる形態 |
単方向通信(Simplex)
データが一方向にしか流れない通信です。テレビ・ラジオの放送が代表例です。放送局から視聴者へは映像や音声が届きますが、視聴者から放送局へ返すことはできません。
ネットワークではほとんど使われませんが、身の回りではキーボードからパソコンへの入力なども単方向通信の一種です。
半二重通信(Half Duplex)
双方向にデータを送れますが、同時には送れません。「送っているときは受け取れず、受け取っているときは送れない」という状態です。
代表例は トランシーバー(無線機) です。ボタンを押している間は自分の声だけが相手に届き、その間は相手の声が聞こえません。話し終わってボタンを離すと、今度は相手の声を受け取れるようになります。「どうぞ」と言って相手に発言権を渡すのは、この制約があるためです。
全二重通信(Full Duplex)
双方向に同時にデータを送れます。
代表例は 固定電話 です。自分が話している最中でも、相手の声を同時に聞くことができます。「もしもし」と言いながら相手の声も聞こえるのは、送信と受信が別々の経路で行われているためです。
図:単方向通信・半二重通信・全二重通信の違い
なぜ昔のネットワークは半二重だったのか
入門編「バス型ネットワーク」で学んだように、初期のネットワークは1本の同軸ケーブルを全員で共有していました。芯線が1本しかないため、送信と受信で同じ経路を使うしかありません。
1本の線に2台が同時に電気信号を流すと、信号同士がぶつかって歪んでしまいます。これが 衝突(コリジョン) です。そのため、当時のネットワークは「誰かが送信している間、他は受信に徹する」という半二重通信で運用するしかありませんでした。
入門編「CSMA/CD」で学んだ「送信前にケーブルの状態を確認し、衝突したら待つ」というルールは、この半二重という制約の中で秩序を保つために生まれた仕組みです。
入門編「ハブ」で登場したハブ(リピーティングハブ)に置き換わっても、この状況は変わりませんでした。ハブは届いた信号を全ポートへ転送するため、実質的に1本のケーブルを共有しているのと同じだったからです。
全二重通信はどうやって実現されたのか
全二重通信を実現する鍵は、ケーブルの記事で学んだ ツイストペアケーブルの構造 にあります。
送信用と受信用の線が物理的に分かれている
ツイストペアケーブルの中には、2本の電線をねじり合わせた「ペア」が複数入っています。一般的なLANケーブルには4ペア(合計8本)の電線が入っており、このうち一部を 送信専用 、別の一部を 受信専用 として使い分けられます。
送信と受信が物理的に別々の電線を通るため、同時に行っても信号がぶつかりません。1本の道路を交互に使うのではなく、上り車線と下り車線が最初から分かれている高速道路のようなイメージです。
図:同軸ケーブルとツイストペアケーブルの通信方向の違い
スイッチが専用の通信路を提供する
もう1つの条件が 入門編「スイッチングハブ」で学んだスイッチの存在です。スイッチでは各コンピューターが専用のケーブルでスイッチに1対1で接続されます。ケーブルを他の機器と共有しないため、そもそも他者の信号とぶつかる心配がありません。
「送信用と受信用の線が分かれている」ことと「ケーブルを他の機器と共有しない」ことの2つが揃って、初めて全二重通信が成立します。
全二重通信がもたらした変化
全二重通信の実現は、ネットワークに3つの大きな変化をもたらしました。
①通信速度が実質的に2倍になった
送信と受信を同時に行えるため、単位時間あたりに扱えるデータ量が増えます。1Gbpsのネットワークであれば、送信1Gbps・受信1Gbpsを同時に処理できるため、合計で2Gbps相当の通信が可能になります。
②衝突がなくなった
送信と受信の経路が分かれ、かつケーブルを共有しなくなったため、信号の衝突そのものが発生しなくなりました。
③CSMA/CDが不要になった
衝突が起きないため、入門編「CSMA/CD」で学んだ「送信前の確認」「衝突検知」「ジャム信号」「ランダム待機」という一連の手順がすべて不要になりました。待機時間がゼロになるため、通信効率も大幅に向上しています。
現代の有線LANでは、CSMA/CDは事実上使われていません。ただし規格上は互換性のために残されており、古い機器と接続した場合には半二重通信に切り替わることがあります。
オートネゴシエーション ― 通信モードの自動判定
現代のネットワーク機器は、接続時に自動的に最適な通信モードを判定します。この仕組みを オートネゴシエーション(Auto Negotiation) といいます。
| 用語/英単語 | 意味 | イメージ・補足 |
|---|---|---|
| negotiation | 交渉・調整 | 接続した相手と「どの速度・どのモードで通信するか」を話し合って決めること |
ケーブルを差し込むと、両端の機器が互いに「自分は1Gbpsの全二重に対応している」「こちらは100Mbpsの半二重まで」といった情報を交換します。そして双方が対応できる中で最も高性能な組み合わせを選びます。
たとえば、1Gbps全二重対応のパソコンと100Mbps半二重までしか対応していない古いハブを接続した場合、通信は100Mbps半二重で行われます。
普段私たちがLANケーブルを差し込むだけで通信できるのは、このオートネゴシエーションが裏で働いているためです。
まとめ
通信は方向によって単方向・半二重・全二重の3つに分類されます。半二重は送信と受信を同時にできず、トランシーバーのように交互に通信します。全二重は送信と受信を同時に行え、固定電話のように会話できます。初期のネットワークは1本の同軸ケーブルを共有していたため半二重しか選べず、衝突を管理するCSMA/CDが必要でした。ツイストペアケーブルで送信用と受信用の線が分かれ、さらにスイッチが専用の通信路を提供したことで全二重通信が実現し、衝突そのものが起きなくなりました。現代のネットワーク機器はオートネゴシエーションによって、接続時に最適な速度と通信モードを自動的に判定しています。
用語表
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 単方向通信(Simplex) | データが一方向にしか流れない通信。テレビ・ラジオの放送が代表例 |
| 半二重通信(Half Duplex) | 双方向に送れるが同時にはできない通信。トランシーバーが代表例 |
| 全二重通信(Full Duplex) | 双方向に同時に送れる通信。固定電話が代表例 |
| 衝突(コリジョン) | 複数の信号が同じ経路でぶつかり、読み取れなくなる状態 |
| オートネゴシエーション(Auto Negotiation) | 接続時に両端の機器が通信速度とモードを自動的に判定する仕組み |