MACアドレススプーフィングとは、ネットワーク機器のMACアドレスを別の値に書き換える行為です。MACアドレスは出荷時に固定されると説明されることが多いのですが、実際にはソフトウェアの設定で簡単に変更できます。この性質を悪用すると、MACアドレスで接続を制限しているネットワークに不正侵入できてしまいます。
はじめに
MACアドレスは「出荷時に割り当てられ、変わることのない番号」と説明されます。この説明は半分正しく、半分は誤りです。
確かにネットワーク機器の回路には固有の番号が書き込まれています。しかし通信の際に実際に使われる値は、OSの設定によって上書きできてしまいます。この書き換えを MACアドレススプーフィング といいます。
| 用語/英単語 | 意味 | イメージ・補足 |
|---|---|---|
| スプーフィング / Spoofing | spoof=なりすます・だます; 身元を偽って別のものになりすます行為 | 他人の名札を付けて建物に入るようなもの |
この記事では、なぜ書き換えが可能なのか、それによってどんな問題が起きるのかを解説します。
なぜMACアドレスは書き換えられるのか
MACアドレスが書き換えられる理由は、通信の仕組みにあります。
ネットワーク機器(NIC)には、製造時に固有のMACアドレスが書き込まれています。しかし通信を行う際、OSはこの値を読み取って使うだけです。「OSが指定した値をそのまま送信する」という設計になっているため、OS側で別の値を指定すれば、その値が使われます。
図:実際に使われるのはOSが指定した値
つまり、ハードウェアに刻まれた番号を書き換えているわけではなく、 通信時に名乗る名前を変えている という表現が正確です。設定を元に戻せば、本来のMACアドレスに戻ります。
この変更は特殊なツールを必要とせず、多くのOSで標準機能として提供されています。LinuxやmacOSではコマンド1行、Windowsでもデバイスマネージャーの設定画面から変更できます。
MACアドレス認証が突破される仕組み
MACアドレススプーフィングが問題になるのは、 MACアドレス認証 を使っているネットワークです。
MACアドレス認証とは、「あらかじめ登録されたMACアドレスの端末だけ接続を許可する」という仕組みです。家庭用ルーターの設定画面にもこの機能があり、「MACアドレスフィルタリング」という名前で提供されています。
| 用語/英単語 | 意味 | イメージ・補足 |
|---|---|---|
| MACアドレス認証 | 登録済みのMACアドレスを持つ端末だけ接続を許可する仕組み | 入館証に記載された社員番号を確認して入場を許可するようなもの |
一見すると強固に見えますが、次の2つの理由で簡単に突破されます。
①MACアドレスは暗号化されずに流れている
無線LANの通信では、データ本体は暗号化されていてもMACアドレスは暗号化されません。宛先を判断するために必要な情報だからです。そのため、電波を受信できる範囲にいれば、専用のツールで接続中の端末のMACアドレスを読み取れます。
②読み取った値をそのまま設定できる
正規の端末のMACアドレスさえ分かれば、それを自分の端末に設定するだけです。ネットワーク側から見れば正規の端末と区別がつかず、接続が許可されてしまいます。
図:MACアドレスを偽装して侵入する流れ
正当な用途もある
スプーフィングという言葉から悪意ある行為を連想しがちですが、正当な目的で使われる場面もあります。
プライバシー保護
ランダムMACアドレスも、技術的にはMACアドレスの書き換えです。追跡を防ぐという目的でOSが標準機能として提供しています。
機器の入れ替え
プロバイダによっては、契約時に登録した機器のMACアドレスでのみ接続を許可する場合があります。ルーターを買い替えた際、旧機器のMACアドレスを新機器に設定することで、再登録の手続きなしに接続できます。
ネットワークの検証
セキュリティ診断では、MACアドレス認証が適切に機能しているかを確認するために、意図的にスプーフィングを試すことがあります。
このように、技術そのものは中立です。問題になるのは、他人のネットワークへ無断で侵入する目的で使われる場合です。
MACアドレス認証に頼らない対策
MACアドレス認証が突破されやすいことを踏まえると、それだけに頼った防御は危険です。以下のような対策を組み合わせる必要があります。
WPA3またはWPA2による暗号化
Wi-Fiの通信を暗号化する仕組みです。適切なパスワードを設定していれば、MACアドレスを偽装しても暗号化の鍵がなければ通信できません。現在の標準的な対策です。
IEEE 802.1X認証
ユーザー名とパスワード、あるいは電子証明書を使って端末を認証する仕組みです。MACアドレスのように傍受されるだけで盗まれる情報ではないため、企業ネットワークで広く使われています。
ネットワークの分離
万が一侵入されても被害を限定するため、ゲスト用のネットワークと業務用のネットワークを分離します。VLANを使えば、1台のスイッチでも論理的に分けることができます。
MACアドレス認証は「補助的な手段」として位置づけ、主たる防御は暗号化と認証で行うのが基本です。
まとめ
MACアドレスは出荷時に固定されると説明されますが、通信時に使われる値はOSの設定で書き換えられます。この書き換えをMACアドレススプーフィングといい、多くのOSで標準機能として提供されています。無線LANではMACアドレスが暗号化されずに流れているため、正規端末の値を読み取ってなりすますことは技術的に容易です。そのためMACアドレス認証だけに頼った防御は不十分で、WPA3などによる暗号化やIEEE 802.1X認証と組み合わせる必要があります。なお、スプーフィング自体は中立な技術であり、プライバシー保護や機器の入れ替えといった正当な用途でも使われています。
用語表
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| MACアドレススプーフィング | ネットワーク機器のMACアドレスを別の値に書き換える行為 |
| MACアドレス認証 | 登録されたMACアドレスの端末だけ接続を許可する仕組み。MACアドレスフィルタリングとも呼ばれる |
| WPA3 / WPA2 | Wi-Fiの通信を暗号化する規格。現在の標準的なセキュリティ対策 |
| IEEE 802.1X | ユーザー名やパスワード、電子証明書を使って端末を認証する仕組み |